2014年02月24日
双子山
2╱16(日)
午前中の用事を済ませ
久しぶりに双子山に行ってみると山頂の様子が゙変わっていた。

いつ頃設置されたのか、ソーラーパネル。

「牛と虎」の白い像や、展望台はそのまま残されていて
トイレや研修室のような建物が取り払われ更地に。

冬の澄んだ空気の中、一年で最も美しく景色の見える季節。
展望台からの眺めは駿河湾伊豆半島、遠くまでクッキリ。

山頂の案内板に導かれ、心岳寺へ。
普通なら登って下る山歩きだが今回は逆。

木々の間から差し込む光がいい感じ。

コースの中間地点にある段の地蔵さん。

日本各地で記録的大雪のニュースの真っ最中。 雪国では大変な苦労をされてお察しします。 静岡県のこの辺りは冬でも雪とは無縁。改めて静岡の住みやすさを感じます。

双子山に車を置いて心岳寺ピストン。午後になってからの山歩きは誰にも会いませんでしたが安心して歩けるコースでした。
午前中の用事を済ませ
久しぶりに双子山に行ってみると山頂の様子が゙変わっていた。

いつ頃設置されたのか、ソーラーパネル。

「牛と虎」の白い像や、展望台はそのまま残されていて
トイレや研修室のような建物が取り払われ更地に。

冬の澄んだ空気の中、一年で最も美しく景色の見える季節。
展望台からの眺めは駿河湾伊豆半島、遠くまでクッキリ。

山頂の案内板に導かれ、心岳寺へ。
普通なら登って下る山歩きだが今回は逆。

木々の間から差し込む光がいい感じ。

コースの中間地点にある段の地蔵さん。

日本各地で記録的大雪のニュースの真っ最中。 雪国では大変な苦労をされてお察しします。 静岡県のこの辺りは冬でも雪とは無縁。改めて静岡の住みやすさを感じます。

カメラの電池切れで最後の一枚。
双子山に車を置いて心岳寺ピストン。午後になってからの山歩きは誰にも会いませんでしたが安心して歩けるコースでした。
Posted by トンボ at 22:00│Comments(4)
│ハイキング(県内)
この記事へのコメント
トンボ様
こんにちは。「双子山」の記事を読みました。偶然にも、僕も2月20日に「双子山」に行ってきました。
その模様は、2月24日の僕のブログをご覧ください。
なぜ、「双子山」に出かけたのかは、下記のとおりです。
島田市阿知ヶ谷にある岸城は、出所は不明ですが、野田の城山・大津城に立て籠もった南朝側を攻めるための、北朝側の情報収集基地・食料基地であったと言われています。しかし、岸城からは、白岩寺山が高いため、野田の城山を眺望することが出来ないので、大津城は岸城から見える天徳寺の奥山の方にあるはずで、それは「双子山」周辺と、M氏は自説を展開しているのです。
その確認のために、古城好き仲間と「双子山」に出かけたのです。今朝、トンボさんのブログを読んでビックリ!・・コメントを書かせていただきました。
こんにちは。「双子山」の記事を読みました。偶然にも、僕も2月20日に「双子山」に行ってきました。
その模様は、2月24日の僕のブログをご覧ください。
なぜ、「双子山」に出かけたのかは、下記のとおりです。
島田市阿知ヶ谷にある岸城は、出所は不明ですが、野田の城山・大津城に立て籠もった南朝側を攻めるための、北朝側の情報収集基地・食料基地であったと言われています。しかし、岸城からは、白岩寺山が高いため、野田の城山を眺望することが出来ないので、大津城は岸城から見える天徳寺の奥山の方にあるはずで、それは「双子山」周辺と、M氏は自説を展開しているのです。
その確認のために、古城好き仲間と「双子山」に出かけたのです。今朝、トンボさんのブログを読んでビックリ!・・コメントを書かせていただきました。
Posted by だいちゃん at 2014年02月25日 09:20
だいちゃん3000ブログ拝読しました。
歴史研究はロマンがあって面白くやめられないだいちゃん
「双子山」=「見返し山」の新発見!謎を突き止めて目からうろこですね。
古城研究家の方が、この山の周辺こそ古史に残る「見返し山」で
大津城だったとの見解は、なるほどあの山の雰囲気は城址を思わせます。
歴史に疎い私にはこういう話は難しいですがだいちゃんのような歴史好き
な方には堪えられないでしょうね。
城址と言えば
昨日、(2╱25)静岡の安倍城址に行ってきましたが城址からの景観は
眼下が見渡せて、それこそ昔の人も当時の景観をここから眺めていたのだ
と思うと古のロマンを感じます。だいちゃんコメントありがとうございます。
歴史研究はロマンがあって面白くやめられないだいちゃん
「双子山」=「見返し山」の新発見!謎を突き止めて目からうろこですね。
古城研究家の方が、この山の周辺こそ古史に残る「見返し山」で
大津城だったとの見解は、なるほどあの山の雰囲気は城址を思わせます。
歴史に疎い私にはこういう話は難しいですがだいちゃんのような歴史好き
な方には堪えられないでしょうね。
城址と言えば
昨日、(2╱25)静岡の安倍城址に行ってきましたが城址からの景観は
眼下が見渡せて、それこそ昔の人も当時の景観をここから眺めていたのだ
と思うと古のロマンを感じます。だいちゃんコメントありがとうございます。
Posted by トンボ
at 2014年02月26日 19:13

2月25日に「安倍城祉」に行ってこられたとのこと。
西暦1351年ころだったと思いますが、安倍城に立て籠もった南朝側は、北朝側に攻められ、逃げてきたのが、「大津城」と言います。
この大津城が野田の城山ではなく、「双子山」近辺。瀬戸ノ谷の滝沢の「滝沢城」。落合の「すもう段」という説があります。
大津城でも、北朝側の伊達軍に攻められ、川根の「徳山城」に逃げて、南朝側は敗北したと言います。
トンボさんは、「双子山」の後、「安倍城」に行かれたのですから、南朝・北朝の戦いがあった所を続けて訪ねている訳です。
「大津城」と「安倍城」は、切っても切れない関係の城址です。僕としては、地元の城山が「大津城」であってほしいと願っています。
その方が、ロマンがあって・・・楽しいのです!
西暦1351年ころだったと思いますが、安倍城に立て籠もった南朝側は、北朝側に攻められ、逃げてきたのが、「大津城」と言います。
この大津城が野田の城山ではなく、「双子山」近辺。瀬戸ノ谷の滝沢の「滝沢城」。落合の「すもう段」という説があります。
大津城でも、北朝側の伊達軍に攻められ、川根の「徳山城」に逃げて、南朝側は敗北したと言います。
トンボさんは、「双子山」の後、「安倍城」に行かれたのですから、南朝・北朝の戦いがあった所を続けて訪ねている訳です。
「大津城」と「安倍城」は、切っても切れない関係の城址です。僕としては、地元の城山が「大津城」であってほしいと願っています。
その方が、ロマンがあって・・・楽しいのです!
Posted by だいちゃん at 2014年02月27日 08:38
南北朝時代に遡っての話をお聞きしていると
だいちゃんの豊富な知識に、平伏脱帽です。
私たちが住む近隣の山々は歴史ロマンの宝庫ですね。
もしかしたら島田市の歴史や文化の源は大津だったりして。
「大津城」と「安倍城」が切っても切れない関係の城址であるとのこと。
私もだいちゃん同様、城山が「大津城」であってほしいと願っています。
いろいろ教えていただいてありがとうございます。
だいちゃんの豊富な知識に、平伏脱帽です。
私たちが住む近隣の山々は歴史ロマンの宝庫ですね。
もしかしたら島田市の歴史や文化の源は大津だったりして。
「大津城」と「安倍城」が切っても切れない関係の城址であるとのこと。
私もだいちゃん同様、城山が「大津城」であってほしいと願っています。
いろいろ教えていただいてありがとうございます。
Posted by トンボ
at 2014年02月27日 20:21
