2020年03月28日
2020年03月27日
ピザ窯を造ろう進捗(その6)
ピザ窯の姿が見られるようになりました、今回( 3月26日 )から上部の"アーチ部耐火煉瓦"の目地に耐火モルタル"アサヒキャスター"を詰める作業も基礎となる木型と隙間の楔が予想以上によくできており、スムースに作業が進みました、後二回ほどで目途が付きそうかな






2020年03月25日
京都小旅行
急な会食で"京都"を訪ねることになった、ジャスト正午の会食の為ゆっくり自宅を出発、名古屋で"ひかり"に乗り換え11時過ぎ京都着、駅ビル内で2時間の会食を摂り時間が早い為、駅周辺の神社を巡ることに、一人でのんびりと "東本願寺" "西本願寺" "東寺"と徒歩で巡った、東寺では池際の少し桜もほころび、"国宝の五重の塔"を印象深く眺めることが出来た、最後にあまり見ることのない"京都駅舎のスカイウヲーク"わ歩き、初めて眺める"駅ピアノ"の演奏を楽しんだ。




















2020年03月25日
2020年03月25日
ピザ窯を造ろう進捗(その5)
3月24日(火)・前回で"ピザ焼き床"まで耐火煉瓦を積上げ、今日はここまでの目張りの最終確認を行い、隙間などの手入れを行い、いよいよピザ焼き部の天井アーチの"仮積み"を行った、予想以上の工程進捗です。








2020年03月23日
ピザ窯を造ろう進捗(その4)
3月21日(土)、"火床"の完了~ピザ窯の煉瓦積へ進捗、すこしづつピザ窯らしく夏てきた、行程もほぼ予定通りにすすんでいる。次回からいよいよピザ焼き部分の上部"アーチ部分"に進む。






2020年03月23日
2020年03月16日
ピザ窯を造ろう進捗(その2)
3月14日(土)に基礎工事の予定でしたが、雨天の為翌日の15日(日)に行った、いよいよ゜基礎の工事のスタート。素人集団の製造ですが基本に沿った製作と関係者の協力で実行した。まずは"大谷石"4個を櫛型に設置、その上に過日製作しておいた火どこ板を乗せ今日の工程を終了、並行して"ピザ窯上部のアーチ形状の木型"製作と"耐熱煉瓦"の高圧洗浄も予定通り行った。







基礎となる"大谷石"の仮設と基礎コンクリート打ちの状況


3月15日製作の最終形(火どこ板の設置)


次回行う耐火煉瓦の仮置きを行い配置の確認実施

先の工程で使用する"ピザ焼き板"と 今後主役となる"耐火煉瓦"の整備(高圧洗浄)


2020年03月13日
ピザ窯を造ろう(筍ホリデーに合わせて)
1月中旬、筍ホリデーのオーナーから、筍の茹で釜の近くに"ピザ窯を造ったら"の提案があり、さっそくクラブの有志が集まり、製作の打ち合わせ、そして企画・実行計画とスムースに進み、先月中旬の現地調査から実行に移り、現役時代の経験を活かしながら、作図・日程計画を進み、3月8日から実行に移った。そして昨日の12日も準備作業も進み、明日14日天候さえ良ければ、基礎の設置にこぎつけた。ターゲットは4月19日の筍ホリデーの日に向けゴー。



ピザ窯の基礎部分(大谷石で基礎を固める)

耐火煉瓦は解体した物が有り、付着物を除去して再利用する、かなり手間かかかる仕事だ


2020年03月10日
血流検査と思わぬ景観
血流検査を定期的(2~3ヶ月に一回程度)に見てもらって健康管理の一助にしている、今回は元"大井川町の吉永"に行った、好天の中、車をはしらせていると、北の方角に"南アルプスとその前衛峰"が昨日の積雪を頂稜に頂いた景観が目に飛び込んできた、更に東には、富士山がさらに高くそびえている。目的の場所に到着すると、すぐに屋上に登り写真撮影で、その時の感動を絵に残した。
あとはいつものように"血流検査"を受け、健康を確認して"エキササイズ"の重要性を再確認した。
帰りの道すがら、珍しい看板に遭遇"月の砂漠発祥の地"、調べてみると、作詞家の「加藤まさを」の出生地が、ここ西益津村・吉永海岸だったからのようだ、現在はこのほかに発祥の地として、千葉県の御宿海岸が街を上げて世の中に発表しているようだ。
たった二時間の外出でいろんなことを見聞きすることが出来た。







あとはいつものように"血流検査"を受け、健康を確認して"エキササイズ"の重要性を再確認した。
帰りの道すがら、珍しい看板に遭遇"月の砂漠発祥の地"、調べてみると、作詞家の「加藤まさを」の出生地が、ここ西益津村・吉永海岸だったからのようだ、現在はこのほかに発祥の地として、千葉県の御宿海岸が街を上げて世の中に発表しているようだ。
たった二時間の外出でいろんなことを見聞きすることが出来た。







2020年03月07日
2020年03月07日
2020年03月04日
2020年03月03日
15年ぶりの第二の故郷へ ( その8・帰国 )
訪タイ10日目から帰国へ、タイに入国した時は長いと思った11日間はアットゆう間に過ぎ、帰国する時には思ってもいない"コロナウイルス"の蔓延に驚く日々です。9日目に訪問した空調機の工場に続き、10日目もゴルフ終了後にローカルの電機メーカ"KYE(過日勤務していた会社)"(冷蔵庫・扇風機・ホームポンプなど製造、冷蔵庫は一部日本へ輸出)も訪問できた。
ゴルフのプレーをした"レイクウッドCC"は、滞在していた時はクラブ会員で懐かしいゴルフ場です、おかげで思ったより良いスコアーで回ることが出来ました。
"KYE社"も当時から比較すると、大きく変貌し大型冷蔵庫が製造ラインから出荷する様を見て感動し。従業員も当時からほぼ5倍以上の2500名Overとのこと、工場見学中も過日過ごした時に新入社員だったスタッフが、現場の指揮をしていたのにも感動し、時の流れの速さを思い知らされた。そしてその日の夜には、当時の現地幹部だった二人を交えで、スクミットSO I39の筋向かいにある中華料理店 "大上海" で念願の"北京ダック"を食べながら旧交を温めた。
最終日は"ユニコCC"でプレーして、ORTOR KOR market で土産の"マンゴー"を購入して、最終の晩餐はエカマエにあるタイすき"mk 金"で旅を締めくくった。あとは空港での"コロナウイルス"対策を充分に行いつつ帰路に就いた。















ゴルフのプレーをした"レイクウッドCC"は、滞在していた時はクラブ会員で懐かしいゴルフ場です、おかげで思ったより良いスコアーで回ることが出来ました。
"KYE社"も当時から比較すると、大きく変貌し大型冷蔵庫が製造ラインから出荷する様を見て感動し。従業員も当時からほぼ5倍以上の2500名Overとのこと、工場見学中も過日過ごした時に新入社員だったスタッフが、現場の指揮をしていたのにも感動し、時の流れの速さを思い知らされた。そしてその日の夜には、当時の現地幹部だった二人を交えで、スクミットSO I39の筋向かいにある中華料理店 "大上海" で念願の"北京ダック"を食べながら旧交を温めた。
最終日は"ユニコCC"でプレーして、ORTOR KOR market で土産の"マンゴー"を購入して、最終の晩餐はエカマエにあるタイすき"mk 金"で旅を締めくくった。あとは空港での"コロナウイルス"対策を充分に行いつつ帰路に就いた。
懐かしいゴルフコース"レークウッドCC"




ヤシの木の緑と池の配置が素晴らしい、美しい上がりのホールの景観

KYE社の玄関で、副社長を囲んでパチリ


中華飯店 "大上海"で現地人の昔の仲間(幹部)、と北京ダックなどで旧交を温める







タイ旅行 最終の晩餐は"タイすき"をエカマエの " mk コールド" でいただく

2020年03月02日
15年ぶりの第二の故郷へ ( その7 )
訪タイ7日~9日目はタンヤGC、フリータイム、ロイヤルレークサイドGCとプレーを行い、9日目のゴルフの後、事前にお願いをしておいた工場見学を行った。この工場は30年前、家庭用・業務用空調機の専門工場として創設され、タイ国内はもとよりアジアを中心にグローバルマーケットをターゲットにした輸出主体の工場で、時世に沿って拡張を図り、アマタ・ ナコーン工業団地に2区画占有して、2nd Site には420m✖160m 総2階建の倉庫兼工場まで拡大している。製造能力は2018年度で700万台を有し、従業員はMax時で、関連会社も含め7千人の規模です。あまりの大変革に驚くばかりでした。
また、7日~9日目にはタイ在住の友人と"ソンブン"で会食を行い旧交を温めた。










また、7日~9日目にはタイ在住の友人と"ソンブン"で会食を行い旧交を温めた。
エアへコンディショナーの専門工場の前で

タイ在住の友人との会食を"ソンブン"で 海鮮料理など"カニカレー"が絶品




BTSの外観・ナナ駅 サイアムスクエアへに有るデパ地下の様子



マンゴの半分を贅沢にイタダク、絶品でした

